Vol.12 小宮 翔さん

更新日:2021年04月01日

小宮 翔氏1

小宮 翔さん

対馬市出身
上県町在住

プロフィール

「小宮シルバー」経営

対馬市上県町→福岡県→対馬へUターン

都会に憧れた少年時代

小宮 翔氏2

海藻が豊かだった頃の佐護の磯


ーー少年時代の翔さんについて教えてください
 

高校卒業まで対馬市上県町佐護で暮らしていました。小さな頃から高校卒業したら、絶対対馬を出ていくと決めていました。「将来これがやりたいから島を出ていく!」ではなく「島を出るためには何を目指すべきか?」と考えていました。
福岡で歯科医をしている叔父がたまにかっこいいバイクに乗って対馬へ帰ってくる姿を見て、「僕も叔父みたいなかっこいい大人になりたい」と思いましたが、医者になるのは頭脳的に無理だと子供心に考えて(笑)、小さな時からものづくりが好きだったので歯科技工士を目指しました。


ーー歯科技工士になるために対馬を出て福岡生活はどうでしたか?


専門学校に通ったのち、福岡中心に5~6年歯科技工士として働きました。腕を磨くと指名されることもあり仕事自体は楽しかったです。
でもとにかく激務で、繁忙期は深夜に疲労困ぱいで独り暮らしの家に帰るもまともに食事する気力すら起きず休みの日も寝て過ごすだけとなり、そうして数年が経ち食べ物の味がわからなくなりました。身体は悲鳴を上げているのに、それが異常だってことが自分ではわからないほどの精神状態になり対馬に帰って来ました。

生まれ育った場所への恩返しを

ーー大変でしたね・・・対馬に戻ってきてからはどうでしたか?

小宮 翔氏3

シルバーアクセサリー

最初の数か月は引きこもり生活でした。しばらくして夏の繁忙期だけの期間限定の海水浴場監視員のバイトに誘われました。綺麗な海や遊んでいる人たちを見る毎日を送る中で心身が徐々に回復していきました。監視員が終わった後はヨコワ(クロマグロの幼魚)を養殖いけすで魚を大きくする仕事や、道路舗装の仕事を経験しました。道路舗装の仕事をしたときに対馬内で今まで行ったことのない場所にたくさん行けたことで対馬って面白いと感じて、島内の知らない場所の事を知りたいと思うようになりました。
その後、事務の仕事をしながらシルバーアクセサリーの販売をしました。

小宮 翔氏4

漂流ガス缶ランプシェード

今は父の手伝いや実家所有の山の手入れをしながらものづくり工房でアクセサリーや雑貨を作っています。今の工房は半年くらいかけて貰い物や海岸で拾ったものを使って改修しました。
今一番力を入れているのは「ガンガゼランプ」。ガンガゼは「磯焼け」(海藻が無くなり、露出した岩だらけの海になること)の一因と言われているのでそれを有効活用したいと思っています。

小宮 翔氏5

ガンガゼランプ


ーーこれからの野望を教えてください!


対馬の魅力を島外に発信して、島内と島外を繋げたいです。そのためにはまず島外のことを知らなくてはいけないので、島外で暮らしてみていいものを対馬に取り入れることや、対馬のいいものを島外に出すこともしてみたいです。すでに対馬に遊びに来てくれた人を案内したりもしていて、そういうこともっともっとやっていきたいですね。

これから移住される方へ


ーー これから移住を考えてられる方々に何かメッセージをいただけないでしょうか

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まず、自分から対馬の人にどんどん話しかけて、コミュニケーションをしっかり取るようにすると、気にかけてもらえるようになります。対馬の人は世話焼きな人が多いので、仲良くなると物がもらえて生活が助かるかもしれません。
開拓精神旺盛に過ごすと楽しいと思います。宝の島と言われているくらい未開拓なところが多い対馬なので、島外で見た・聞いた・経験したものを使って開拓していけると島の生活が豊かに感じられると思います。それと対馬は何を食べても美味しいので食いしん坊な人は是非来てみてください!

(聞き手 元杭睦)

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